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環境省指定調査機関 2005-3-1002
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プ地歴調査3 豊洲 1

太古の昔、荒野を先人が切り開き農地とした土地。令和の世まで、トラブルなくずっと農地として
使用されているのであれば、一般的には「土壌汚染リスクがない土地と評価する」などと判定します。

このように、土地における特定有害物質の使用履歴・関係者への聴取・登記簿・古地図・空中写真・
住宅地図の時系列で整理した結果の評価、など、集めた資料によって土壌汚染リスクを評価する手法が「地歴調査」です。
集めた資料での評価なので、数年前までは、「資料等調査」などともいわれていました。

さて、東京都中央卸売市場の移転で注目された、土壌汚染問題。
プ地歴調査3は、豊洲をテーマにしてみました。

NHKのブラタモリで、豊洲をテーマにしたとき、豊洲の地形から、南側の長方形の土地をハンマの柄(図中赤線内)、
北を先端としたとがった台形の土地をハンマの頭の部分(図中青線内)といっていましたが、
わかりやすい、いい表現と思います。
豊洲の地形
出展 国土交通省HP 1965年

そもそも海だった豊洲、この100年で、人口の島ができ、東京のエネルギー供給地として活躍し、土壌汚染問題を経て、
大工事の末に東京都中央卸売市場が移転しました。

歴史をたどります。
1923年(大正12年)9月1日11時58分、相模湾を震源としたマグニチュード8の大地震が発生しました。
関東大震災の原因となった、関東地震の発生です。
昼食時の火を扱う時間であり、木造建築の多い首都東京に大火災が生じ、大きな被害がもたらされ、
東京には大量の瓦礫が生じました。
この瓦礫を東京湾に埋め立てて、豊洲が誕生したというのは、あまり知られていないようです。

それでは、国土地理院の空中写真を見てみましょう。
豊洲が写る写真で、一番古い写真が1936年(昭和11年)のものです。
ハンマの柄の部分の土地は、ありません。
昭和11年 豊洲
出展 国土交通省HP 1936年

先の大戦も終盤となった1944年(昭和19年)、米軍の撮影した豊洲には、
将来ハンマの柄となる部分が少しですが形成されています。
昭和19年 豊洲
出展 国土交通省HP 1944年

そして戦後、少し範囲を広げて見てみます。
1947年(昭和22年)、豊洲に大きな変化はありません、直接的な戦災の復興が最優先されていた時期です。
昭和22年 豊洲
出展 国土交通省HP 1947年

ところが、そのわずか9年後、1956年(昭和31年)には、すでに、ハンマの柄となる長方形の人工島が完成しています。
先人たちの凄まじい活力を感じます。
昭和31年 豊洲
出展 国土交通省HP 1956年

東京都港湾局の路線が整備され、火力発電所ができ、石炭を満載した貨物船と貨物列車が行きかう、
東京のエネルギー供給地として豊洲は発展します。

1965年(昭和40年)、東京オリンピックの開催、新幹線、高速道路開通など、戦後僅か20年で、
これほどに発展した東京、平成令和の20年間では考えられない、
まさに高度経済成長です。
昭和40年 豊洲
出展 国土交通省HP 1965年

1974年には、セブンイレブンの1号店が豊洲にオープン、豊洲に働く人たちの住宅、そして商業施設はますます充実します。
そして、1988年に有楽町線の豊洲駅が開業し、都心が近くなりました。
バブル期を経て、どうやら豊洲の役割が変わり始めたようです。

豊洲2に続く

 

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